
東京ドームを笑いで埋めた渡辺直美さん
2026年2月11日、東京ドームで「渡辺直美(20)東京ドーム」と題したライブが開かれました。集まった観客は4万5千人。女性お笑い芸人のライブとして最も多くの人を集めたとして、ギネス世界記録に認定されています。
3時間半のステージには、渡辺直美さんと顔なじみの芸人20組がかけつけました。渡辺さんは70人のダンサーを率いて、ビヨンセさんやレディー・ガガさんのダンスを踊り切っています。
渡辺さんはデビューしてから、ものまね、コント、司会、ファッション、そして英語のスタンドアップへと、活躍の場を次々に広げてきました。ファミリーレストランのアルバイトから始まった道のりを、順にたどってみます。
茨城県石岡市で育ち、ファミレスからNSCへ
渡辺直美さんは1987年10月23日生まれ。生まれは台湾で、茨城県石岡市で育ちました。吉本興業のプロフィールでも、出身地は茨城県となっています。
小さいころから芸能界にあこがれていました。夏休みに台湾で過ごしたときは、日本語のテレビチャンネルで『志村けんのだいじょうぶだぁ』を毎日見て、大きな影響を受けたそうです。
テレビの中の人になって、いつか自分のような人を元気づけたい。渡辺さんは後に、そんな願いを持っていたことを語っています。中学生になると、仲のよい友達を集めて得意のものまねを披露するようになりました。
石岡市立石岡中学校を卒業したあと、渡辺さんは高校には進まず、地元のファミリーレストラン「夢庵」で3年間アルバイトをしました。そのあと、吉本興業の養成所NSC(吉本総合芸能学院)の東京校に12期生として入ります。望月愛子さんとの「わたもち」、同期のササキりなさんとの「フレッシュライム」とコンビを組みましたが、どちらも解散し、ひとりで舞台に立つピン芸人として歩き始めました。
あわせて読みたい:内村光良の生い立ちと軌跡はこちら
ビヨンセのものまねでつかんだ転機
大きな転機は2008年1月2日です。関西テレビの『新春大売出し!さんまのまんま』に、今田耕司さんが一押しする芸人として登場し、ビヨンセさんのものまねで2曲を披露しました。もともとはマライア・キャリーさんのものまねをする予定でしたが、直前にビヨンセさんへ変えたそうです。今田さんはその動きを「使ってる筋肉はビヨンセと全く同じ」とほめました。
放送の反響は大きく、同じ年の3月31日からはフジテレビ『笑っていいとも!』のレギュラーに。鈴木凛さんと「いいとも少女隊」を組み、毎日のようにテレビに出るようになります。
6月には、ビヨンセさんが在籍したデスティニーズ・チャイルドのベストアルバム「ラヴ・デスティニー」のCMにも起用されました。『爆笑レッドカーペット』での「これが日本のビヨンセ」というキャッチコピーとともに、渡辺さんの名前は一気に広まっていきます。
同じ2008年には『タモリのボキャブラ天国 大復活祭スペシャル』に「北関東のビヨンセ」として登場し、『エンタの神様』では「肉熱のなりきりDiva」のキャッチコピーで出演しました。12月からはフジテレビの『爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル』にも出るようになり、「和製ビヨンセ」「吉本のビヨンセ」とも呼ばれるようになります。
渡辺直美さんがコントとバラエティで見せた実力
2009年には、吉本の若手ユニット「東京ワン・ダース」に参加。チョコレートプラネットさんやジャングルポケットさんたちと共演しました。同じ年、桑田佳祐さんの「Act Against AIDS 2009」にもゲスト出演し、ビヨンセ役で好評を集めています。
2010年10月からはフジテレビのコント番組『ピカルの定理』に出演し、2011年4月からはレギュラーになりました。コント番組のレギュラーは渡辺さんの目標だったので、その夢がここでかないました。2010年度には、NHK大阪の『あほやねん!すきやねん!』で木曜の総合司会も務めています。
2011年のお笑い特番『オモバカ8』では準優勝。TBSの『史上空前!! 笑いの祭典 ザ・ドリームマッチ』では、2012年と2013年に2年続けて「ベストカップル賞」を受けています。全11回の中で2度選ばれたのは渡辺さんだけです。
2013年4月からはNHK総合『伝えてピカッチ』に出演し、優木まおみさんがいないときは女性チームのキャプテン代わりも務めました。2014年4月からはBS日テレ『BS吉テレ ナオミクローゼット』で木曜のMCを担当。ものまねだけではない、笑いの地力が見えてきた時期でした。
ニューヨーク留学とインスタ女王
2014年5月から3か月間、渡辺さんはニューヨークへ留学します。目的は語学の勉強でしたが、ショービジネスの中心地の空気に大きな刺激を受けました。同じ年には、香港のテレビ局TVBのスペシャルドラマ『愛情來的時候 A Time Of Love』の日本編で、老舗の和菓子屋の娘役として主演も務めています。
2015年には、渡辺さんがトータルアドバイザーを務めるアパレルブランド「PUNYUS」が誕生しました。フリーから6Lまでの幅広いサイズをそろえ、渋谷109に1号店、東京スカイツリーのソラマチに2号店を開き、WEGOの一部の店でも取り扱いが始まりました。
キャッチーでポップな服やメイクはSNSで大きな支持を集め、「インスタ女王」と呼ばれるようになりました。2017年10月にVOGUEが公開した渡辺さんのメイク動画は、すぐに数百万回再生されています。2016年12月末には、ルーツのある台湾の交通部観光局から台湾観光親善大使に任命されました。
司会と主演で広がった活躍
2017年は、俳優としても大きな一年でした。TBSの7月期ドラマ『カンナさーん!』で主人公の河東カンナを演じ、ゴールデンの時間帯の連続ドラマで初めて主演を務めています。
司会の仕事も増えていきました。NHK総合『土曜スタジオパーク』の司会を2017年4月から2019年3月まで、TBS『世界くらべてみたら』のMCを2017年10月から2021年3月まで担当。『NHK紅白歌合戦』では2016年と2017年に企画コーナー「紅白 HALFTIME SHOW」でビヨンセさんの曲に合わせたダンスショーを見せ、2018年から2020年は副音声のMCも務めました。
ほかにも、2016年4月からTBS『アカデミーナイトG』とNHK総合『NAOMIの部屋』でMCを担当。J-WAVEのラジオ番組『AVALON』では、2016年4月から2019年3月まで木曜のナビゲーターを務めました。日本テレビ『ぐるぐるナインティナイン』の「ゴチになります!」には、2017年1月から2018年12月までレギュラーとして出演しています。
2020年には、自身のYouTubeチャンネル「NAOMI CLUB」で、レディー・ガガさんとアリアナ・グランデさんの「Rain on Me」のミュージック・ビデオのパロディを公開しました。アメリカのビルボードなど世界のメディアが取り上げ、ガガさん本人もSNSで紹介しています。
ニューヨークから世界へ挑む渡辺直美さん
2021年4月、渡辺さんは活動の拠点をニューヨークに移しました。同じ月には『情熱大陸』でも特集されています。このころ、雑誌「VOGUE」にも大きく取り上げられました。2022年にはSpotifyでポッドキャスト『Naomi Takes America』を始め、9月からはミュージカル『ヘアスプレー』で主人公のトレイシーを演じました。
2023年の8月から9月には、アメリカの7都市を回るトークライブツアーを開きました。2024年10月には、ニューヨークで初めてのスタンドアップライブに挑戦。経験のなかった英語での漫談に取り組み、予定の2公演はどちらも完売しています。
日本の番組にも出演を続けています。2023年4月からはAmazon Prime Videoの『風雲!たけし城』に出演。日本テレビの特番『3people 1minute』では2024年7月と2025年2月に平野紫耀さんとMCを務め、毎日放送の『渡辺直美のニッポン0泊バカンス』も2025年9月と2026年1月に放送されました。
2025年2月には、13年ぶりとなる日本での単独ライブを東京で5日間開きました。そして2026年2月の東京ドームへ。翌月の3月7日には、NHK総合の『Venue 101』で「I’m Naomi Watanabe 自分を信じた20年」が放送されました。
素顔と、2026年春の北米ツアー
渡辺さんが尊敬する芸人は、岡村隆史さんとコロッケさんです。動きや顔で、だれにでも分かるおもしろさを追い求めているところにひかれているそうです。服やメイクの世界観は、専属スタイリストの大瀧彩乃さんと一緒に作ってきました。女優の沢井美優さんとは生年月日がまったく同じで、実際に会って一緒に写真を撮ったこともあります。コスメはエスティローダーやルナソルなどを愛用していることを、自分の動画で話しています。2017年5月には、普通自動車免許も取りました。
東京ドームのあと、2026年4月17日のロサンゼルス公演から、北米ツアー「NAOMI WATANABE LIVE TOUR『FROM TOKYO』」が始まりました。アメリカとカナダの18都市を、すべて英語の公演で回るツアーです。
夏休みにテレビのコントを毎日見ていた少女は、ファミレスのアルバイトを経て、日本と世界の両方の舞台に立つ人になりました。英語のステージでも、ビヨンセさんのダンスでも、渡辺直美さんがこれからどんな笑いを届けてくれるのか楽しみです。
写真: マイナビニュース【エンタメ・ホビー】 / CC BY 3.0 (Wikimedia Commonsより)


コメント