
宮崎で育った少年時代と、官僚を目指した高校生のころ
「倍返しだ!」のひと言で日本中をわかせ、2023年の『VIVANT』では謎に満ちた主人公・乃木憂助を演じた堺雅人さん。いまや日本を代表する俳優のひとりですが、その出発点は、俳優とはまったく別の夢でした。
堺雅人さんは1973年10月14日、兵庫県神戸市垂水区で生まれました。2歳までは神戸市舞子浜の団地で過ごし、その後、宮崎県宮崎市へ移ります。宮崎市立国富小学校、宮崎大学教育学部附属中学校、宮崎県立宮崎南高等学校と進み、高校を卒業するまでを宮崎で過ごしました。人柄の土台ができたのは、この宮崎の町だったといえます。
中学時代は吹奏楽部、高校時代は演劇部に入っていました。俳優の宮川誠司さんは、演劇部の後輩にあたります。ただ、このころの目標は舞台の上ではなく、通商産業省の官僚になることでした。
ところが数学が苦手で、国立大学はすべて不合格に。進んだのは早稲田大学第一文学部の中国文学専修でした。思いどおりにいかなかった受験が、結果的に人生の向きを大きく変えることになります。
早稲田の演劇研究会と劇団「東京オレンジ」
早稲田大学に入った堺さんは、授業よりも演劇の稽古に夢中になっていきます。のめりこみぶりは相当なもので、3年生の春には大学を中退しました。
1992年、早稲田大学演劇研究会を母体にした劇団「東京オレンジ」が旗揚げされ、堺さんもその立ち上げに加わります。劇団では看板俳優として舞台に立ち、1992年から1999年まで公演に出続けました。その後も不定期に参加していて、いまも同劇団の名誉団員です。
1995年には双数姉妹の「コサック」、1997年にはサードステージの「コーマ・エンジェル」、1998年には「Zenmai」(シアターコクーン)と、ほかの劇団やプロデュース公演にも次々と出ています。小さな劇場から大きな劇場へ、少しずつ舞台の幅を広げていった時期でした。
ゴスペラーズのメンバーとは早稲田大学時代からの友人で、ゴスペラーズのシアトリカルライブに役者として出たこともあります。学生時代のつながりが、のちの仕事にもつながっていきました。
あわせて読みたい:榮倉奈々の生い立ちと軌跡はこちら
アルバイト漬けの下積み時代と、声優としての顔
舞台に立ちながらも、生活は楽ではありませんでした。NHKの連続テレビ小説『オードリー』に出るまでは、ドーナツ店、絵画モデル、テレフォンアポインターなど、たくさんのアルバイトをしていたそうです。
お金がないなかでも、野菜はとらなくてはと考えて、道ばたのタンポポを食べたこともあるといいます。ドーナツ店では、シフトの仕組みをよく分かっておらず、ひまなときに勝手に出勤してしまったり、お釣りを多いときには1000円単位で多く渡してしまったりして、最後はクビになってしまいました。いまの堂々とした姿からは想像しにくい、ほほえましい失敗談です。
テレビドラマには1995年の『ハートにS「休刊日」』(フジテレビ)から出始め、1999年には日本テレビの「shin-D『ア・オ・ゾ・ラ・マ・ー・ジ・ャ・ン』」で主演・大空渉役をつとめました。
俳優としてまだ無名だったころから、声の仕事もしていました。よく知られているのが、アニメ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の白鳥麗次役です。2001年に役を降りていますが、いまでも思い入れのある役だと語っています。
堺雅人さんの名前を広めた『オードリー』と『新選組!』
大きな転機は2000年でした。NHKの連続テレビ小説『オードリー』(2000年10月から2001年3月)で杉本英記役を得て、初めてのレギュラーの大役をつかみます。
そして2004年、NHK大河ドラマ『新選組!』で山南敬助を演じ、一気に名前が知られるようになりました。山南がたびたび見せる笑顔は、はじめは近藤勇や土方歳三たち天然理心流の一派を見下すような笑顔だったのが、しだいに見守るような笑顔へ変わっていったと本人も語っています。この笑顔は、山南のトレードマークになりました。
山南が切腹する第33回「友の死」は視聴者からの支持が高く、2004年の年末に「アンコール2004」として、1話だけという異例の再放送が組まれています。実は大河ドラマの前、同じ新選組を描いた映画『壬生義士伝』(2003年)では沖田総司を演じていて、その撮影中に山南役のオファーを受けたそうです。
2005年4月には、テレビ情報誌『テレビブロス』の「好きな男」で1位に選ばれました。2006年には正月時代劇『新選組!! 土方歳三 最期の一日』で、もう一度山南敬助を演じています。
徳川家定から『リーガル・ハイ』へ、主演俳優への道
2008年は、堺さんにとって大きな年でした。大河ドラマ『篤姫』で徳川家定を演じ、映画『クライマーズ・ハイ』の佐山達哉役、『アフタースクール』の木村一樹役も高く評価されて、助演男優賞を受けます。同じ2008年4月には『世にも奇妙な物語 春の特別編』の「フラッシュバック」で、ドラマ初主演もはたしました。
このころは文章の仕事もしていて、テレビ情報誌『TVnavi』のエッセイ「文・堺雅人」は2009年3月号で連載50回を迎えて最終回となり、2009年8月に産経新聞出版から単行本になりました。
映画では『南極料理人』(2009年)の西村淳、『ゴールデンスランバー』(2010年)の青柳雅春、『武士の家計簿』(2010年)の猪山直之と、主演作が続きます。2010年7月期の『ジョーカー 許されざる捜査官』(フジテレビ)では、ゴールデンタイムの連続ドラマで初めて主演をつとめました。
2012年に始まった『リーガル・ハイ』では、毒舌で偏屈な弁護士・古美門研介を演じます。この役は当たり役となり、2年のあいだにスペシャルドラマと連続ドラマの第2期が作られました。堺さんにとって、初めて主演作がシリーズになった作品です。
社会現象になった『半沢直樹』と「倍返しだ!」
2013年7月に始まったTBSの『半沢直樹』で、堺雅人さんの名前は誰もが知るものになりました。最終回の平均視聴率は関西地区で45.5%、関東地区で42.2%。平成以降に放送されたテレビドラマで歴代1位という記録です。
決めぜりふの「(やられたらやり返す!)倍返しだ!」は大流行し、同じ年のユーキャン新語・流行語大賞で年間大賞に選ばれました。受賞は堺雅人さんと、TBS『半沢直樹』チームの連名です。
原作者の池井戸潤さんは、ドラマになる前に堺さんの映画を観て、この人が半沢を演じたらはまるだろうと思っていたそうです。自分からは配役に口を出さなかったものの、打ち合わせで「半沢は堺に」と言われて驚き、こんな偶然もあるのだと語っています。
堺さん自身は半沢を「半沢は遊べない役」と話し、役づくりは『ドラえもん』でいえば「ジャイアン度8、スネ夫度1、のび太度1」だと明かしました。2020年7月からは続編が放送され、池井戸さんは第2シーズンの堺さんについて「より演技力が際立っていると思う」と述べています。
真田信繁、乃木憂助、そして独立後の新しい挑戦
『半沢直樹』と同じ2013年には、主演映画『ひまわりと子犬の7日間』が公開されました。宮崎県で実際に起きた出来事を題材にした作品で、堺さんは主人公・神崎彰司を、育った土地の宮崎弁で演じています。
2016年には大河ドラマ『真田丸』で主人公・真田信繁を演じました。脚本は『新選組!』と同じ三谷幸喜さんで、山南敬助から12年をへて、大河ドラマの主役に立ったことになります。
2022年末には、長く所属していた田辺エージェンシーを離れて独立しました。2023年1月に個人事務所「テント」を立ち上げ、同じ年の7月から『VIVANT』(TBS)の第1シーズンで主演・乃木憂助を演じます。壮大な物語と海外ロケ、謎が謎を呼ぶ展開が話題になりました。劇中で乃木の父が作った組織の名前も「テント」で、偶然の一致がネットで話題になっています。
2025年には映画『平場の月』(東宝)で主演・青砥健将を演じました。そして2026年には、7月26日から『VIVANT』の第2シーズンが放送され、乃木憂助、F、劉銘軒の役を演じました。
評価は国内だけにとどまりません。CNNが選んだ「まだ世界的に名前は売れていないが、演技力のある日本の俳優7人」のひとりに入り、2023年2月のタレントパワーランキング「40代の実力派俳優ランキング」では2位になりました。
相撲と三國志と東京03、堺雅人さんの素顔とこれから
いつもほほえんでいるような表情がトレードマークの堺さん。仕事の外では、知る人ぞ知る好角家です。大相撲にとても詳しく、NHKの大相撲中継にゲストとして呼ばれたこともあります。お気に入りの力士は、同じ九州出身の魁皇さん(現・年寄浅香山)です。
歴史小説も好きで、物語に地理の場面が出てくると地図を広げながら読み進めるそうです。中学生のころからシブサワ・コウさんの『三國志』のファンで、大学進学で上京したときには炊飯器とスーパーファミコンを買い、最初のソフトは『信長の野望』でした。好きな武将は陳宮や袁紹だというから、少しひねりがききています。
お笑いトリオ東京03の大ファンでもあり、単独ライブは第1回公演をのぞいて全部見に行っているそうです。2020年7月17日放送の『ぴったんこカンカン』では、東京03さんと一緒にコントにも挑戦しました。『ドラえもん』も大好きで、ひみつ道具のタイムふろしきがあれば、若作りや老け役のときに便利なので自分にかけたいと話しています。
官僚を目指した宮崎の高校生が、劇団の看板俳優をへて、半沢直樹や乃木憂助を演じる俳優になりました。舞台、映画、ドラマ、声の仕事と、どの場所でも積み重ねてきた堺雅人さん。次はどんな役で驚かせてくれるのか、楽しみに待ちたいところです。
写真: 総務省 / CC BY 4.0 (Wikimedia Commonsより)

コメント