坂東彌十郎、師匠2人との別れを越えた歌舞伎役者が北条時政と『VIVANT』の公安部長へ

『鎌倉殿の13人』の北条時政、『VIVANT』の公安部長・佐野雄太郎、朝ドラ『風、薫る』の清水卯三郎。坂東彌十郎さんをドラマで知った人は多いと思います。けれども彌十郎さんは1973年に初舞台を踏んだ歌舞伎役者で、歌舞伎の外でも広く知られるようになったのは2022年のことでした。若いころに2人の師匠との別れを経験した役者が、どんな道を通ってドラマでもおなじみの顔になったのかを順番にたどります。

坂東彌十郎さんの生い立ち、「サンマ」と呼ばれた長身の少年が歌舞伎の道へ

坂東彌十郎さんは1956年5月10日、東京で生まれました。屋号は大和屋です。屋号とは、歌舞伎役者の家につく呼び名のことで、客席からかかる掛け声にも使われます。千代田区立麹町小学校を卒業し、暁星中学校に進みました。

幼いころから背が高く、「サンマ」というあだ名もあったそうです。のちに身長は183cmになり、歌舞伎界でいちばんの長身といわれるようになります。学芸会などの演劇にも熱心な子どもでした。八世坂東三津五郎さんと十四世守田勘彌さんの稽古の場には、テープ係としてついていっていたといいます。名優の稽古を間近で見られる役目でした。

やがて、どうしても歌舞伎役者になりたいと望み、八世三津五郎さんの一門に入ります。1973年5月、歌舞伎座の『奴道成寺』で所化の観念坊を演じ、坂東弥十郎の名で初舞台を踏みました。所化とは修行中の僧のことです。憧れの世界の最初の一歩が、歌舞伎の本拠地である歌舞伎座でした。

師匠2人との突然の別れ、後ろ盾を失った若き日の坂東彌十郎さん

初舞台からわずか2年足らずで、大きな出来事が続きます。1975年1月、師匠の八世坂東三津五郎さんが急に亡くなりました。彌十郎さんは十四世守田勘彌さんの門に移りますが、その2か月後には勘彌さんも亡くなってしまいます。

歌舞伎の世界で、若い役者にとって師匠は芝居を教えてくれる人であり、役につながる後ろ盾でもあります。その後ろ盾を失った彌十郎さんには、役がつかなくなりました。この時期は歌舞伎だけでなく、一般の演劇にも出演して舞台に立っています。先の見えない毎日だったことでしょう。

転機になったのは、三代目市川猿之助さん、のちの二代目市川猿翁さんの門下に移ったことです。新しい師匠のもとで、1978年には『五大力恋緘』の男芸者と『人情噺文七元結』の鳶の頭を演じ、名題に昇進しました。名題とは、歌舞伎役者の位の一つで、一人前と認められた役者の立場を指します。初舞台から5年、2人の師匠との別れを越えて、ようやく足場を固めることができました。

あわせて読みたい:草川拓弥の生い立ちと軌跡はこちら

猿之助一座で磨いた幅広い役、演出まで手がけた坂東彌十郎さんの舞台

猿之助一座に加わった坂東彌十郎さんは、立役、敵役、老役と幅広い役をこなしていきます。立役は善人の男性の役、敵役は悪役、老役はお年寄りの役です。長身を生かした力強い芸風も、この人の持ち味になりました。1984年には歌舞伎座優秀賞を受賞しています。スーパー歌舞伎『ヤマトタケル』では、熊襲兄タケルと伊吹山の山神を演じました。

舞台の裏側の仕事にも関わっています。1984年には三代目猿之助さんが演出したオペラ『コックドール』などで演出助手を務めました。1997年には坂東玉三郎さんの『夕鶴』の演出も手がけています。役者の目だけでなく、舞台全体を見る目も養っていきました。1998年には歌舞伎座賞と真山青果賞奨励賞を受賞し、2001年には重要無形文化財の総合認定を受けて伝統歌舞伎保存会の会員になりました。

この時期にも映像の仕事はありました。テレビ時代劇では『暴れん坊将軍II』の津田将監、『水戸黄門』第27部の大黒伴之丞、第33部の馬杉六角などを演じています。ただ、映像への出演はそれほど多くなく、仕事の中心はあくまで歌舞伎の舞台でした。

平成中村座でニューヨークへ、中村勘三郎さんと歩んだ坂東彌十郎さん

その後、坂東彌十郎さんは澤瀉屋の一門を離れ、十八世中村勘三郎さんが旗揚げした平成中村座に参加します。勘三郎さんとは少年のころからのつき合いで、同じ世代の役者でした。生前の勘三郎さんの企画に名前を連ねることも多くありました。

平成中村座のニューヨーク公演では、『夏祭浪花鑑』の三婦を演じました。2008年の公演では『仮名手本忠臣蔵』の高師直を演じています。舞台を収めて映画館で上映するシネマ歌舞伎でも、その幅広さが分かります。『野田版 鼠小僧』の番頭藤太郎、『法界坊』の永楽屋権左衛門のほか、『眠駱駝物語 らくだ』では家主の女房おいくも演じました。

海外への思いは、自分の公演にもつながりました。2014年に自主公演「やごの会」を立ち上げ、2016年にはフランス、スイス、スペインの3か国を回るヨーロッパ公演を行っています。その報告に二代目市川猿翁さんを訪ねたとき、ようやくここまで来たねという趣旨の言葉をかけられたそうです。猿翁さんは一門を離れたあとも彌十郎さんを気にかけ、出演する番組を必ず見ていたと、周りの人から聞かされたといいます。

三谷幸喜さんのひと声から『鎌倉殿の13人』の北条時政へ

大きな転機は2019年に訪れます。坂東彌十郎さんは歌舞伎『月光露針路日本 風雲児たち』に九右衛門役で出演しました。この作品の脚本と演出を手がけていたのが三谷幸喜さんです。この舞台に出演した際、映像の仕事はしないのかと三谷さんから声をかけられました。翌2020年には、ドラマ『MIU404』の第5話で喜多を演じています。

そして2022年、三谷さんが脚本を担当したNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で、北条時政役のレギュラーに選ばれます。主人公の父親で、のちに鎌倉幕府の初代執権となる人物です。第1回から第42回まで、1月9日から11月6日にかけて出演しました。

この作品をきっかけに、彌十郎さんは歌舞伎界の外でも広く知られるようになります。同じ2022年には『クロサギ』の詐欺師・御木本を演じ、NHK Eテレの『新・にっぽんの芸能』では「鎌倉殿」と歌舞伎を語りました。年末の第73回NHK紅白歌合戦ではゲスト審査員も務めています。初舞台から49年後に、多くの人に名前と顔を覚えられた一年でした。

坂東彌十郎さんが『VIVANT』で演じた公安部長・佐野雄太郎

2023年、坂東彌十郎さんはTBSの『VIVANT』に出演します。役は公安部長の佐野雄太郎です。第3話から第7話まで、7月30日から8月27日にかけて登場しました。2026年7月26日に放送が始まった第2シーズンにも、同じ佐野雄太郎役で出演しています。長身の堂々とした姿は、組織を率いる立場の役にもよく合っています。

同じ2023年には、Netflixの『舞妓さんちのまかないさん』第6話に本人役で出演しました。NHKの『超入門!落語 THE MOVIE』では大家を演じています。2024年には『グレイトギフト』で大学病院の理事長・奥野信二、『VRおじさんの初恋』で芦原穂波、『バントマン』で会社社長の櫻田誠一郎を演じました。三谷幸喜さんが手がけた映画『スオミの話をしよう』の寒川しずお役も、この年の仕事です。

2025年にはNetflixの映画『新幹線大爆破』で内閣官房長官の諏訪茂を演じ、フジテレビの『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』では神主の江頭論平を演じました。同じ年には、第75回芸術選奨の文部科学大臣賞を演劇部門で受賞しています。芸術選奨は、その年に優れた仕事をした人に国から贈られる賞です。

語学と俳句、バイク旅の番組でカメラも、坂東彌十郎さんの素顔

舞台の外での坂東彌十郎さんは、旅が好きな人です。趣味は海外旅行で、とくにヨーロッパを回る旅を好んでいます。英語とフランス語も得意で、歌舞伎を海外に紹介する活動に積極的です。ニューヨークでの公演やヨーロッパでの自主公演の話とも、きれいにつながります。

もう一つの顔が俳人です。酔寿と書いて「すいす」と読む俳号を持ち、ときどき自作の俳句を専門誌などに発表しています。俳号とは、俳句を詠むときに使う名前のことです。堂々とした役の印象とはまた違う、静かな楽しみを持っている人だと分かります。

番組でも、舞台とは違う表情を見せています。2023年3月にBS松竹東急で放送された特別企画『愛之助が走る!彌十郎が撮る!北条家ゆかりの伊豆めぐり』は、題名のとおり彌十郎さんがカメラを担当する旅番組でした。2025年10月にはBS朝日の『あなたの知らない京都旅』で旅人を務めています。CMでは大和ハウス工業の「D-ROOM」で南沙良さんの父親役を演じ、眞栄田郷敦さんと共演しました。2026年の同じ会社のCMでは、大工の男を演じています。

朝ドラ初出演から映画『キングダム』へ、坂東彌十郎さんのこれから

2026年は出演作がさらに増えました。3月にはNHKのスペシャル時代劇『眠狂四郎』で松平主水正を演じました。4月に登場した連続テレビ小説『風、薫る』の役は、日本橋で舶来品を扱う「瑞穂屋」の清水卯三郎です。発表のときに「朝ドラは初出演です」と話しています。最初の打ち合わせでは、演出の方々から『不思議の国のアリス』のうさぎのイメージだと言われたそうです。瑞穂屋については「外国の方や若い人たちが集う不思議な国への入り口のようなお店です」と語りました。

同じ春には、フジテレビの『夫婦別姓刑事』で警察署長の井伏幸吉、関西テレビ・フジテレビの『銀河の一票』で幹事長の星野鷹臣も演じています。映画では『キングダム 魂の決戦』の蒙驁役があり、舞台で鍛えた存在感が大きな画面でも求められています。

若いころから歌舞伎に憧れ、師匠との別れと役のない時期を越えて、ドラマの世界にも居場所を広げた彌十郎さん。長い舞台の経験を持つ役者が次にどんな人物を演じるのか、歌舞伎座でもテレビでも見届けたくなります。

参考:坂東彌十郎の詳しいプロフィール(Wikipedia)

Follow me!

コメント

error: Content is protected !!
トップへ戻る
タイトルとURLをコピーしました