大河ドラマは『真田丸』『西郷どん』『鎌倉殿の13人』『豊臣兄弟!』の4作に出演し、日曜劇場『VIVANT』では山本巧役を演じた迫田孝也さん。そんな迫田孝也さんはもともと学校の先生を目指す大学生でした。進路が変わったのは20歳のときです。住み込みのアルバイトで行った奄美大島で、映画の撮影に来ていた山田洋次監督のロケ陣と話す機会がありました。鹿児島のバレーボール部の主将がどうやって俳優になっていったのか、順に見ていきます。
迫田孝也さんの生い立ち、引っ越しの多かった鹿児島の子ども時代
迫田孝也さんは1977年4月6日、鹿児島県の川内市で生まれました。小さいころは引っ越しが多く、田代町から指宿市へ移り、さらに鹿児島市内へと住まいが変わっています。プロフィールの出身地は鹿児島市です。
小学校は指宿市立柳田小学校に通いました。のちに迫田さんが鹿児島県の薩摩大使に任命されたとき、当時の三反園訓知事が同じ小学校の出身だと分かったそうです。
進学先は鹿児島県立鶴丸高等学校でした。高校では男子バレーボール部の主将を務め、ポジションはリベロです。リベロは守備を専門に受け持つ選手のことです。
中学と高校の同級生には、のちに東映のプロデューサーになる和佐野健一さんがいます。二人は友人で、迫田さんが役者になってからは何度も一緒に仕事をしました。鹿児島の同級生と、大人になって作品の現場で顔を合わせることになったわけです。
教師を目指していた迫田孝也さんを変えた奄美大島の出会い
高校を出た迫田さんが選んだのは、広島大学教育学部でした。バレーボール部の顧問になることを思い描いて、教職の道を志したのです。
転機は20歳のときに訪れます。住み込みのアルバイトで奄美大島へ行くと、そこに映画の撮影で来ていた山田洋次監督のロケ陣がいました。偶然話す機会があり、役者になろうという気持ちが芽生えたといいます。旅先での思いがけない出会いが、部活の顧問を目指していた学生の行き先を変えていきました。
ただ、迫田さんはすぐに大学をやめたわけではありません。大学はきちんと卒業し、保健体育の教員免許も取得しています。そのうえで東京へ出て、俳優の道に進みました。
山田洋次監督との縁は、この話だけで終わりませんでした。迫田さんはのちに、山田監督の映画『母と暮せば』(2015年)、『キネマの神様』(2021年)、『TOKYOタクシー』(2025年)に出演しています。奄美大島で俳優を志した学生が、その監督の作品に出るようになったのです。
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上京して劇団へ、小さな役を重ねた下積みの日々
上京した迫田さんは劇団「STRAY DOG」に所属しました。とはいえ、演技の経験はまだ浅いものでした。人前で演技ができなくなり、引っ込み思案になった時期もあったそうです。教育学部から飛びこんだ世界で、思うようにいかないもどかしさもあったのかもしれません。
出演歴を見ると、2000年代の歩みがよく分かります。舞台は2002年の『半神』、2003年の『舞い降りた天使』、2006年の『新・夏の魔球』でのエモト役などと続きました。映画は2004年の『恋愛白書』『お父さんのバックドロップ』に出ています。
テレビドラマは、1話だけのゲスト出演がずらりと並びます。2005年の『牙狼-GARO-』第10話では佐藤直仁役、2006年の『仮面ライダーカブト』第45話では井上役、2008年の『獣拳戦隊ゲキレンジャー』第44話ではケンイチ役でした。『7人の女弁護士』の店員役、『特命係長・只野仁スペシャル’08』のホテルマン役のように、役の名前が仕事の名前だけという出演もあります。
CMにも2001年のアルクを皮切りに、ユーキャン、タマホーム、任天堂 DSなど多くの作品に出ました。2010年にはGLAYのシングル「Precious」のミュージックビデオで主演を務めています。
転機は『ザ・マジックアワー』、三谷幸喜さんの目に留まる
大きな節目になったのが、映画『ザ・マジックアワー』のオーディションです。迫田さんはここで三谷幸喜さんの目に留まり、2008年公開の作品にAD役で出演しました。これをきっかけに、三谷さんの作品に続けて起用されるようになります。
映画では、2011年の『ステキな金縛り』で冒頭の裁判シーンの検事役、2013年の『清須会議』で蜂屋頼隆役、2019年の『記憶にございません!』で野々宮万作役を演じました。舞台でも、2012年の『三谷版 桜の園』でサーシャ役を務めています。2014年初演の『酒と涙とジキルとハイド』ではプール役を演じ、2018年の再演にも出ました。2024年の『オデッサ』では旅行者役です。
同じころ、ほかの作品でも少しずつ役が広がっていきました。映画『踊る大捜査線』シリーズの2作では捜査一課捜査員の役で出演しています。ドラマでは2014年の『Dr.DMAT』で山岡役、2015年の『LOVE理論』で谷口鉄男役、『デスノート』で東目黒署の警部補、隅田役を演じました。ドラマの出演歴に、1話だけでなく複数の回にまたがる役が増えていきます。
迫田孝也さんの名を広げた『真田丸』の矢沢三十郎頼幸
迫田孝也さんの名前を多くの人に知らせた作品が、2016年の大河ドラマ『真田丸』です。迫田さんは矢沢三十郎頼幸役で、第1回から第14回まで、そして第30回から最終回まで出演しています。
出演が決まったとき、迫田さんのもとに三谷幸喜さんからメールが届きました。矢沢三十郎頼幸に恥をかかせないように、という内容だったそうです。厳しさと信頼の両方が伝わるやり取りです。
この作品からは役者仲間との楽しい活動も生まれました。小山田茂誠役の高木渉さん、河原綱家役の大野泰広さんと3人で「真田家老ズ」を名乗り、イベントに参加したのです。名前の由来は役どころにあります。矢沢三十郎が松代藩の筆頭家老、小山田茂誠が次席家老、河原綱家が三席という順番でした。「真田カローズ」として、放送が終わったあとも解散しませんでした。
大河ドラマの特別展のセレモニーに出る前には、大野さんと砥石城に登る「砥石城登頂バトル」も撮影しました。その様子はDVD『真田丸 完全版 第参集』の特典映像で見られます。2016年には上田市や和歌山市、栃木市などのトークショーにも出演し、各地のファンと顔を合わせました。
鹿児島の言葉を生かした『西郷どん』と、ふるさとの大使
迫田さんの歩みには、鹿児島の言葉という強みがあります。映画『エイトレンジャー』では鹿児島弁の指導を担当し、2018年の舞台『江戸は燃えているか』では薩摩弁の考証を受け持ちました。
2018年の大河ドラマ『西郷どん』には、当初は出演者ではなく、薩隅方言の指導役として関わっていました。薩隅方言は鹿児島を中心とする地域の言葉です。撮影の1年前から台本の修正に関わり、自分を出演者としても売り込みました。ところが決まった役は、佐賀藩士の江藤新平です。結局、迫田さん自身にも佐賀弁の指導役がつくことになったそうです。第39回から第44回まで江藤新平役で出演し、薩摩ことばの指導も担いました。
鹿児島にゆかりのある役も続きます。2019年に鹿児島テレビの開局50周年特別番組『前田正名ー龍馬が託した男ー』で主演を務め、2020年の映画『天外者』では大久保利通役、2022年のNHKスペシャル『新・幕末史 グローバル・ヒストリー』では西郷隆盛役を演じました。
2022年2月17日には鹿児島県の広報大使である薩摩大使に任命されました。2024年2月29日には出身地の鹿児島市の「ふるさと大使」にも起用されています。
迫田孝也さんと日曜劇場、『VIVANT』の山本巧役へ
2020年代に入ると、連続ドラマの出演が一気に増えていきます。
TBSの日曜劇場だけでも、2019年の『集団左遷!!』で横溝厚男役、2021年の『天国と地獄〜サイコな2人〜』で東朔也役、2022年の『マイファミリー』で日下部七彦役と続きました。2024年の『アンチヒーロー』では後藤秀一役、2025年の『御上先生』では溝端完役です。ほかにも『アンサング・シンデレラ』の辰川秀三役、『真犯人フラグ』の日野渉役、『エルピス-希望、あるいは災い-』の大門亨役、『全領域異常解決室』の芹田正彦役を演じています。
『VIVANT』は2023年7月に放送が始まった日曜劇場で、迫田さんは山本巧役で出演しました。2026年7月25日には東京国際フォーラムで開かれた第1シーズンの上映会に登壇し、「私だって“Mr.VIVANT”と呼ばれているんですよ」と話しました。最後は「第2シーズン、楽しむぞ!」と締めくくっています。
第2シーズンは2026年7月26日に放送が始まりました。同じ日にTBSラジオでも『VIVANT』と連動する番組が始まり、迫田さんは山本巧役で出演しています。8月14日、21日、28日には、レギュラー出演歴のある『THE TIME,』の『VIVANT』コラボ枠にも登場しました。
2026年も続く大河と映画、仕事の信条とこれから
大河ドラマとの縁も続きました。2022年の『鎌倉殿の13人』では源範頼役を務め、2026年の『豊臣兄弟!』では1月18日放送の第3回から石川数正役で登場しました。2025年11月には浜松市の家康公祭りで、池田鉄洋さんとトークショーを行っています。
舞台では2023年の『ハリー・ポッターと呪いの子』でロン・ウィーズリー役を演じました。映画は2025年に映画『でっちあげ〜殺人教師と呼ばれた男』で氷室拓馬役、山田洋次監督の『TOKYOタクシー』で小川毅役を務めています。2026年はドラマ『サバ缶、宇宙へ行く』で寺尾茂信役、10月2日公開の映画『ファーストボイス』で朝日秀一郎役を務めています。
迫田さんは2017年のインタビューで、どんな場面でも100%楽しんで勝負し、それを当たり前に続けることが自分の信条だと語りました。人前で演技ができなくなった時期があったことを思うと、うなずける言葉です。テレビでは『ごはんジャパン』の準レギュラーや『ごごナマ』の出演など、役を離れた顔も見せてきました。
教師を目指していた大学生は、舞台、映画、ドラマ、ラジオへと仕事の場を広げました。これからもまた、新しい役との出会いが待っているでしょう。


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