『VIVANT』の乃木寛道を演じた井上順さん、60年をこえる芸の道
2023年8月13日に放送されたドラマ『VIVANT』の第5話で、井上順さんは乃木寛道という役を演じました。
井上さんと聞いて思い出すものは、世代によってかなり違うと思います。ザ・スパイダースのボーカル、『夜のヒットスタジオ』の司会者、『渡る世間は鬼ばかり』の宗方直之、『ピタゴラスイッチ』のテレビのジョン。歌手、司会者、俳優、声の仕事と、顔がいくつもある人です。
その出発点は、少し変わっています。中学生のころはジャズ喫茶に通って学校をよく休み、13歳で、のちに名を知られる人たちのいた集まりに加わりました。16歳でバンドに誘われ、そこで身につけた話し方が、のちの司会の仕事につながっていきます。渋谷に生まれた少年は、どんな道を通ってきたのでしょうか。
渋谷に生まれ麻布で育った井上順さん、映画とジャズ喫茶の少年時代
井上順さんは1947年2月21日、東京都渋谷区で生まれました。本名も同じ井上順です。育ったのは麻布龍土町で、小さいころは獣医にあこがれていました。
渋谷区立大和田小学校に通っていたころ好きだったのは映画です。当時は、保護者がいっしょなら小学生は無料で入れました。そこで井上さんはお父さんくらいの年の男性のあとについて映画館に入り、たくさんの作品を見たといいます。子どもらしい知恵に、つい笑ってしまう話です。
渋谷区立松濤中学校に進むと、今度はジャズ喫茶に入りびたるようになりました。学校をたびたび休んでいたため、卒業の集合写真では、みんなが並ぶ写真の左上にある欠席の枠に入っています。音楽の道に進むことは、まだ決まっていません。それでも、映画と音楽が好きな少年の毎日が、この話から見えてきます。
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13歳で六本木野獣会へ、16歳でザ・スパイダースの最年少に
1961年、13歳の井上さんは「六本木野獣会」に加わります。峰岸徹さん、大原麗子さん、田辺靖雄さん、ジェリー藤尾さんらがいた集まりです。峰岸さんはデビュー前から井上さんを食事や遊びによく誘いました。井上さんは、峰岸さんが亡くなるまで弟のような存在だったそうです。
成城学園高校に進むと、野獣会の仲間とバンド「野獣会オール・スターズ」を組みます。演奏の場は銀座や新宿のアシベ、上野のテネシー、池袋のドラムなどでした。
そこへ声をかけてきたのが、田邊昭知さんが率いるザ・スパイダースです。新しいかたちのスパイダースを作りたいという誘いでした。1963年、高校在学中の16歳で加入します。グループ・サウンズの時代に、井上さんは最年少のメンバーになりました。
担当はボーカルで、堺正章さんと2人で歌うツインボーカルです。パーカッションも受け持ち、これをサイドタンバリンと呼んで自分でネタにしていました。コンサートの司会も堺さんと2人で務めています。軽やかな話しぶりと気さくな人柄は、この時期にみがかれました。のちの芸風は、10代のステージで作られていったことになります。1964年にはコカ・コーラのCM「バーベキュー」編にも出ています。
井上順之の名でソロ歌手に、CMと歌番組で広がった顔
1970年にスパイダースが解散すると、井上さんは芸名を「井上順之」に改めました。1971年、24歳で『昨日・今日・明日』を出してソロ歌手としてデビューします。芸名は1973年に「井上順」へ戻しました。ドラマ『ありがとう 第2シリーズ』の相沢万希男役では、はじめは順之の名で出演し、最終回の間近に名前を戻しています。
このころの井上さんは、歌手を本業としながら俳優や司会もこなしていました。映画では1971年の『西のペテン師東のサギ師』で犬太郎を、1973年の『グアム島珍道中』で犬丸淳吉を、1974年の『ムツゴロウの結婚記』でムツゴロウを演じています。主演が続きました。
ジャーニー、ピースなど、流行語もいくつも生まれました。小西六写真工業、いまのコニカミノルタのCMでは、ジャーニーコニカ、ピッカリコニカ、ジャスピンコニカといった商品を伝えています。
テレビの歌番組でも顔を見せました。『ゴールデン歌謡速報』が初めての歌番組の司会で、『火曜歌謡ビッグマッチ』では黒柳徹子さんとコンビを組んでいます。1972年の5月から10月には『シャボン玉ホリデー』のメインも務めました。フジテレビの『芸能人野球大会』では、堺さんとのコントが毎年の見どころでした。デッドボールをぶつけ合い、乱闘に見せかけて2人で社交ダンスを踊るのです。
『夜のヒットスタジオ』の9年半、芳村真理さんと築いた黄金期
井上さんの名前を決定づけた仕事が、フジテレビの『夜のヒットスタジオ』です。1976年から1985年まで3代目の司会を務めました。その期間は9年半で、この番組の男性司会者では最も長い記録です。
コンビを組んだのは、干支がひと回り上の芳村真理さんでした。2人の息の合ったやりとりで、番組は黄金期を迎えます。井上さんの司会は、茶化すことに徹しながら、エンターテイナーとして出演者を元気づけるものでした。駄洒落の名人としても知られ、自分の出る番組でよく披露しています。
この司会ぶりに心を動かされた学生がいました。当時まだ学生だった三谷幸喜さんです。三谷さんはのちに映画監督としてのデビュー作『ラヂオの時間』を撮ります。そこに『夜のヒットスタジオ』の井上さんを思わせる人物を登場させ、その役を井上さん本人が演じました。1997年の作品で、役は広瀬光俊・ハインリッヒです。学生のころに見た司会者を、三谷さんはのちに自分の映画へ呼んだことになります。
『夜のヒットスタジオ』のあとも、歌番組との縁は続きました。1988年9月8日の『ザ・ベストテン』では、この日だけ黒柳さんとコンビで司会をしています。
石井ふく子さんの作品から大河ドラマ、朝ドラへ、俳優としての井上順さん
俳優としての井上さんを語るときに外せない人が、プロデューサーの石井ふく子さんです。石井さんの作品にたびたび起用され、「石井組」の一員として知られています。TBSの『渡る世間は鬼ばかり』では、1998年から2007年と2010年から2011年の間に放送された各シリーズで宗方直之を演じました。
三谷さんの作品にはほかにも出ています。1996年のドラマ『3番テーブルの客』に出演し、2016年の大河ドラマ『真田丸』では織田有楽斎を演じました。大河ドラマはほかに、2001年の『北条時宗』の一条実経、2019年の『いだてん〜東京オリムピック噺〜』の津島寿一があります。
連続テレビ小説には4作に出ています。2005年の『ファイト』の今岡篤、2020年の『エール』の木下一、2021年の『おかえりモネ』の安西和将、2023年の『らんまん』の佐藤弘です。
民放の話題作にも名前が並びます。2005年の『ごくせん 第2シリーズ』の黒川銀治、2006年の『アンフェア』の久留米隆一郎、2014年の『HERO』の国分秀雄、2019年の『メゾン・ド・ポリス』の本郷幸成。映画では2010年の『ちょんまげぷりん』の殿間知治、2011年の『JAZZ爺MEN』で主演した後藤宗助、2013年の『ばしゃ馬さんとビッグマウス』の馬淵治などを演じました。
『ピタゴラスイッチ』のテレビのジョンから『VIVANT』の乃木寛道へ
子どもたちに親しまれている仕事もあります。2002年に放送が始まったNHKの教育番組『ピタゴラスイッチ』で、井上さんは犬のかたちのロボット「テレビのジョン」の声を担当しました。番組の「フレーミー」の声も井上さんです。『みんなのうた』で歌った「テトペッテンソン」は、印象に残る歌詞が子どもたちに好評で人気になりました。
70代に入っても、新しい仕事が続きます。2019年にはアルバム『井上順のプレイボーイ講座12章』を出しました。井上さんのナレーションに、小西康陽とプレイボーイズの演奏を合わせた作品です。2020年1月6日には渋谷区の名誉区民に選ばれ、同じ年に第18回グッドエイジャー賞を受賞しました。4月にはTwitterのアカウントも開いています。
2023年の『VIVANT』第5話では乃木寛道を演じました。2024年には第32回橋田賞特別賞を受賞し、3月26日には『徹子の部屋』に出演しています。2025年は『わが家は楽し』で家具屋のナベさんを、10月から12月にかけては『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』でうる爺を演じました。2026年も3月5日放送の『おコメの女-国税局資料調査課・雑国室-』に出演しました。番組情報サイトのザテレビジョンには、7月に放送が始まった『VIVANT』第2シリーズの10月25日放送回に、井上さんの名前が載っています。
井上順さんの素顔、葉巻とジャイアンツと60年来の親友
井上順さんの生まれも住まいも東京都渋谷区です。名誉区民になったのもその渋谷区でした。読売ジャイアンツのファンで、葉巻の愛好家でもあります。加藤茶さんとは60年来の親友です。
音楽の好みにも、この人らしさがあります。カントリー、フォーク、ジャズのスタンダードなどを軽やかに歌いこなす一方で、ロックバンドの出身なのに、ロックの曲は得意ではないそうです。少し意外な話です。
見た目の話題もあります。2013年には見た目が変わらない芸能人として、『文藝春秋』で市毛良枝さん、野口五郎さん、由美かおるさんらと紹介されました。『ネプリーグ』でジェームズ・ボンドを日本の芸能人にたとえると誰かを尋ねた一般の人へのアンケートでは、1位に選ばれています。
16歳で並んで歌った堺正章さんとの縁は、スパイダースの解散後も続きました。2人はその後も仕事を数多くともにし、近年はジョイントコンサートも開いています。朗読劇『九十歳。何がめでたい』の舞台に立ったこともあります。映画館に通いつめた渋谷の少年は、歌と司会と芝居を行き来しながら、2026年もドラマに出ています。

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