田中真美子、中学で始めたバスケでユニバーシアード銀 富士通レッドウェーブまで

田中真美子 女性芸能人
写真: Shuhei S from Tokyo, Japan / CC BY 2.0(Wikimedia Commons)
田中真美子の写真

田中真美子さん、50年ぶりのユニバーシアード銀メダルを支えたセンター

2017年8月、台湾の台北で開かれた第29回ユニバーシアード。女子バスケットボールの日本代表は決勝まで勝ち進み、オーストラリアに78対85で敗れたものの、銀メダルを手にしました。この大会で日本の女子が銀メダルをとるのは、1967年の東京大会以来50年ぶりのことです。その決勝のコートに、先発として立っていたのが田中真美子さんでした。

当時の田中さんは早稲田大学スポーツ科学部の3年生。大会では1試合平均20.8分に出場し、8.2得点、4.8リバウンドを記録しています。ゴールの近くでパスを受けて得点し、中距離のシュートも得意。体を張ったリバウンドでチームを支える選手でした。明るい性格で仲間からも人気があり、コートでは上級生として声を出し、攻めと守りの両方を支えていたと紹介されています。同じ早稲田大学からは、2年生の中田珠未さんもこの銀メダルのメンバーに入っていました。

バスケットボールを始めたのは中学生になってから。そこから世代別の日本代表、大学日本一を争うチーム、そして女子のトップリーグであるWリーグへと進んでいきます。

空手を習っていた少女が中学で出会ったバスケットボール

田中さんは1996年12月11日、東京都三鷹市で生まれました。小学生のころに習っていたのは空手です。バスケットボールを始めたのは、日野市立日野第一中学校に入ってから。理由は「球技系の部活動に入りたい」ということと、「兄がバスケットボール部だったから」でした。

中学3年生のときには、身長がすでに177センチありました。部活動では都大会に出場し、ベスト16に入っています。そして中学3年生で、1学年上の選手たちが中心のアジアU-16選手権の日本代表に抜てきされました。2011年のこの大会で、日本は優勝しています。

バスケットボールを始めてわずか数年で、年上の選手にまじって日の丸をつけてプレーする。背の高さに加えて、伸びる力を持った選手だったことがうかがえます。

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東京成徳大学高校と世代別の日本代表

高校は、東京成徳大学高校に進みました。高校時代も世代別の日本代表に選ばれ続けます。2012年のU-17世界選手権では日本の4位入賞にかかわり、2014年のアジアU-18選手権では準優勝を経験しました。

ポジションはセンター。ゴールの下で相手と体をぶつけあい、リバウンドを奪い、得点につなげる役割です。中学から始めた競技で、中学3年から高校にかけて、アジアと世界の大会を何度も経験したことになります。

高校を卒業すると、田中さんは早稲田大学のスポーツ科学部に進み、女子バスケットボール部に入りました。

早稲田大学で3度の関東大学リーグ優勝

早稲田大学では、4年間で3度の関東大学リーグ優勝にかかわりました。ただ、その先のインカレ(全日本大学選手権)では悔しい思いが続きます。2年生の年はリーグ戦を制したものの、インカレは準決勝で東京医療保健大学に敗れてベスト4。3年生の年はリーグ戦2位で、インカレは準々決勝で拓殖大学に敗れて6位でした。

最上級生になった2018年、チームは「一戦必勝」をテーマに掲げました。第68回関東大学女子リーグ戦では12勝2敗で、2試合を残して2年ぶり4回目の優勝を決めます。田中さんは背番号14のセンターとして、主将の高田静さんとともにチームを支えました。リーグ戦を振り返って「無駄な負けをせずに最後まで来れたことは、大きな成長で自信になった」と話しています。上位を争った白鴎大学や東京医療保健大学との試合は、インカレにつながるリーグ戦だと考えて戦っていたそうです。

大学在学中は、U-23の日本代表チームでもプレーしました。2017年の銀メダルに続き、卒業した2019年の夏季ユニバーシアードにも2大会続けて選ばれ、日本は4位に入りました。

富士通レッドウェーブでのポジション転向と3人制の代表合宿

2019年4月、田中さんはWリーグの富士通レッドウェーブに入りました。ここで、大学までのセンターからフォワードへとポジションを移します。強みにオフェンスリバウンドとプレーをつくることを挙げ、3ポイントシュートを磨きたいと話していました。1年目は12試合に出場し、1試合平均9.4分、3.3得点、3.6リバウンドを記録し、チームは13勝3敗でした。

2020年2月には、3人制バスケットボール「3×3」の女子日本代表の強化合宿に呼ばれました。そのときの思いを田中さんは「自分が一番驚いている」と話し、「個人技というタイプでは無く、合わせとかリバウンドを取るなど、そういうプレイヤーなので、びっくりしています。」と続けています。男子チームとの練習試合は「やっぱり全然違う。」と感じたそうです。コーチが考えていたビッグマン(背の高いゴール下の選手)の枠は2つ。その候補に選ばれたことに「正直私で良いのかなという気持ちはあります。」と戸惑いを見せながらも、「オリンピックには行きたい。」と目標を口にしています。

2021年5月、オーストリアのグラーツで開かれた3×3のオリンピック予選に、田中さんは代表チームとともに向かいました。最終メンバーには入りませんでしたが、日本の女子はこの大会で東京オリンピックの出場権をつかんでいます。同じ年の8月には、日本代表候補にも選ばれました。

最後のシーズンで見せた成長と、2023年の引退

2021-22シーズンは1試合平均13.3分、4.2得点、2.9リバウンド。初めてWリーグのオールスターゲームに選ばれ、3×3の試合に出たうえで、本戦にも控えとして加わりました。チームはレギュラーシーズンを17勝3敗で終え、プレーオフのファイナルに進みましたが、トヨタ自動車アンテロープスに敗れました。

2022-23シーズン、田中さんの出場時間は1試合平均24分まで伸び、7.8得点、6.0リバウンドを記録します。オールスターゲームには2度目の選出。富士通のBT・テーブスヘッドコーチは、このシーズンでいちばん成長した選手として田中さんの名前を挙げました。レギュラーシーズン最終戦では10得点、11リバウンドのダブルダブルを達成しています。プレーオフは準々決勝でENEOSサンフラワーズに敗れました。

そして2023年4月、田中さんは現役引退を発表しました。中学でボールを持ってから、世代別の日本代表、ユニバーシアードの銀メダル、大学のリーグ優勝、Wリーグのオールスターまで。いちばん伸びたシーズンを最後に、コートを離れました。

写真: Shuhei S from Tokyo, Japan / CC BY 2.0 (Wikimedia Commonsより)

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