
綾野剛さんが釜山国際映画祭で手にした最優秀俳優賞
2025年9月、第30回釜山国際映画祭のクロージングで、映画『愚か者の身分』の北村匠海さん、林裕太さん、綾野剛さんの3人がそろって最優秀俳優賞を受賞しました。西尾潤さんの同名小説が原作の作品で、綾野さんが演じたのは、主人公タクヤの兄貴分的な存在・梶谷剣士です。審査員は、それぞれに個性がありながら見事に調和した3人の演技をたたえました。日本では2025年10月24日に公開されています。
その後も話題作が続いています。2025年12月には荒井晴彦監督の『星と月は天の穴』で主人公の小説家・矢添克二を演じ、2026年10月16日公開の吉田恵輔監督作『mentor』では、過去の火事で大きな火傷を負った男・埜本潤を演じました。3時間におよぶ特殊メイクで役に臨み、白髪まじりの特徴的な髪型は綾野さん自身の発案だったといいます。
鋭いまなざしと、役ごとにがらりと変わる表情。その原点は、岐阜の山あいを走り回っていた少年時代にあります。
岐阜で朝から晩まで走り続けた陸上少年
綾野さんは1982年1月26日、岐阜県岐阜市で生まれました。幼いころは秘密基地を作ったり、石を削ったりすることに夢中な子どもだったそうです。
中学と高校では陸上競技に打ち込みました。中学時代には岐阜県中学校陸上競技大会の800mで優勝し、高校時代には岐阜県高等学校陸上競技大会の800mで準優勝しています。自己ベストは50mで6秒10、800mで1分57秒71、1500mで4分09秒60、5000mで15分41秒00。短い距離から長い距離まで走れる選手でした。数字ではっきり結果が出るところが好きだったといい、岐阜の山奥で朝から晩まで走っていました。
箱根駅伝が大好きで、関東の大学に進んで箱根を走りたいと考えたこともあるそうです。いまもお正月は初詣と駅伝の観戦が恒例で、テレビの前で涙を流すほどだといいます。陸上選手を演じた2008年の映画『奈緒子』では、時速25キロから30キロのスピードで長時間走る撮影を、平然とした顔でこなしました。
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仮面ライダーの怪人役で出会った監督の言葉
高校を卒業した2000年に上京。モデルやバンドの活動を経て、2003年の『仮面ライダー555』で澤田亜希役を演じ、俳優としてデビューしました。このとき監督を務めた石田秀範さんが、人生で初めて大人として自分に真剣に向き合ってくれたことに心を動かされ、役者を志したといいます。
打ち上げでは石田監督から、駆け出しのいまは映画をやり続けるようにと声をかけられました。その言葉どおり、右も左もわからないまま映画のオーディションを受け続け、インディペンデント系の作品に出演を重ねます。2004年には、ドイツの製作会社による長編『Valley Of Flowers』にも出演しました。
音楽プロジェクトmr.a(ミスター・ドット・エー)では作詞・作曲を手がけ、2005年には表参道で開かれたファッションのイベントで音楽と演出も担当しました。それでも役者の仕事に本気で向き合うため、2007年1月のライブを最後に解散します。2006年の映画『全速力海岸』でも、主演のかたわら全ての楽曲の作詞・作曲を手がけていました。2007年に公開された長編初主演映画『Life』では、主人公の田北勇を演じながら音楽監督も兼ねています。
『Mother』と『カーネーション』で広がった役の幅
2009年の映画『クローズZERO II』では漆原凌役、2011年の『GANTZ』では黒服星人のリーダー・壹を演じるなど、少しずつ存在感を増していきました。注目を集めたのは、28歳で出演した2010年の日本テレビのドラマ『Mother』です。浦上真人という影のある役を生々しく演じ、多くの視聴者の記憶に残りました。
2012年にはNHK連続テレビ小説『カーネーション』で周防龍一を演じます。映画などでは尖った役が多かったこともあり、出演が決まったときは本人も心配していたそうです。それでも髪を切って爽やかな姿を見せ、出演はわずか3週間ながら作品の注目度を大きく引き上げました。劇中で弾く三味線は、曲を弾けるようになるまで練習してから現場に入ったといいます。
2013年は、大河ドラマ『八重の桜』の松平容保、ドラマ『最高の離婚』の上原諒、『空飛ぶ広報室』の空井大祐と、話題作への出演が続きました。『八重の桜』では、徳川慶喜が松平容保に江戸からの立ち退きを命じる場面で、容保が御家訓をぼそぼそとつぶやく芝居を、綾野さんがアドリブで加えています。映画でも2012年の『るろうに剣心』で外印、2014年の『ルパン三世』で石川五ェ門と、人気作の個性的な役を任されるようになりました。この年度には『横道世之介』『夏の終り』で日本アカデミー賞の新人俳優賞も受けています。
綾野剛さんが主演俳優として評価された『そこのみにて光輝く』
2014年の主演映画『そこのみにて光輝く』で、綾野さんは佐藤達夫を演じました。この作品と『白ゆき姫殺人事件』で、キネマ旬報ベスト・テンの主演男優賞、毎日映画コンクールの主演男優賞、ヨコハマ映画祭の主演男優賞などを次々と受賞します。劇中で達夫が罪を犯した拓児を殴る芝居は、綾野さんのアイデアから生まれたものでした。
2015年にはTBSのドラマ『コウノドリ』で、連続ドラマの単独初主演を果たします。演じたのは産婦人科医の鴻鳥サクラ。この役のためにピアノを練習し、曲を弾けるようになってから撮影に臨みました。2017年には第2シリーズも放送されています。同じ2015年には、主演映画『新宿スワン』で白鳥龍彦を演じ、『天空の蜂』では雑賀役で、手錠から逃れようとする場面の大胆な芝居を自ら提案しています。
2016年は、主演映画『日本で一番悪い奴ら』の諸星要一、『怒り』の大西直人など、強い印象を残す役が並びました。『リップヴァンウィンクルの花嫁』の安室行舛、『64 -ロクヨン-』の諏訪とあわせて、報知映画賞の助演男優賞も受けています。『日本で一番悪い奴ら』ではニューヨーク・アジア映画祭のライジングスター賞を受け、『怒り』を観たポン・ジュノ監督が、綾野さんに強い興味を示したことも知られています。
『MIU404』の伊吹藍から『地面師たち』まで
2020年、TBSのドラマ『MIU404』で星野源さんとダブル主演し、伊吹藍を演じました。この役は2024年の映画『ラストマイル』にも登場しています。2021年の主演映画『ヤクザと家族 The Family』では山本賢治役。共演した舘ひろしさんは、綾野さんを素晴らしい目を持った俳優だとたたえました。連続ドラマでも、2021年の『恋はDeepに』で石原さとみさんとダブル主演して蓮田倫太郎を、同じ年の『アバランチ』で羽生誠一を、2022年の『オールドルーキー』で新町亮太郎を演じ、主演作が続きます。
配信作品でも存在感を見せます。Netflixの『新聞記者』(2022年)で村上真一、『幽☆遊☆白書』(2023年)で戸愚呂弟、そして2024年の『地面師たち』では豊川悦司さんとダブル主演で辻本拓海を演じました。同じ2024年の主演映画『カラオケ行こ!』では成田狂児を演じて、日本アカデミー賞の優秀主演男優賞を受け、『まる』では日本映画批評家大賞の助演男優賞にも選ばれています。
2026年3月には、TBSとU-NEXTで展開された『ちるらん 新撰組鎮魂歌』で芹沢鴨を演じました。どんな役でも、自分は作品を支える裏方の一人だという考えが、綾野さんの仕事の基本にあるといいます。
ゲームとヘヴィメタルが好きな素顔
仕事を離れた綾野さんは、ゲームが大好きです。サガシリーズ、聖剣伝説シリーズ、ファイナルファンタジーシリーズを愛好していて、2016年の映画『KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV』では主人公ニックスの声を担当しました。初めての声の仕事で、声優を本職とする人たちのプロとしてのすごみを感じた現場だったと振り返っています。
音楽ではヘヴィメタルやデスメタルが好きで、ギターの演奏が趣味です。2012年から2019年にかけては、山田孝之さん、内田朝陽さんとバンド「THE XXXXXX」を組み、アルバムの配信やライブも行いました。撮影で汗をかく場面では、ふつうは霧吹きを使うところを、自分の意志で汗を出せるという驚きの特技も持っています。
好きな食べ物は、コハダやイチゴタルト、そしてヒレカツ。番組のアンケートに毎回ヒレカツと書くのに、なかなか話題にしてもらえないのが不満だったという、ちゃめっ気のある一面もあります。自分の性格を臆病だと話す一方で、まわりの人からは優しくて穏やかな人柄だと語られてきました。岐阜県大垣市にある「綾野5交差点」が、名前つながりでSNSの話題になったこともあります。
綾野剛さんがこれから見せてくれる新しい顔
2026年の『mentor』は、磯村勇斗さんと末澤誠也さんがダブル主演を務める作品です。綾野さんは、2人の青年の前に現れ、やがて心の拠り所となる男を演じました。役づくりについては「撮影中は、彼をどう救い、どう生きられるかだけを考えていました」と振り返り、「彼に出会えてよかったです。」と役への思いを明かしています。
ここ数年の作品を並べるだけでも、兄貴分の梶谷、小説家の矢添、火傷を負った埜本、そして新撰組の芹沢鴨と、まるで違う人物ばかりです。作品ごとに表情をなるべく変えるよう心がけ、役を演じるときに自分は要らないと考える綾野さんだからこそ、ここまで幅広い役を生きられるのでしょう。
2014年には舞台『太陽2068』で主演を務め、2015年には『めちゃ×2イケてるッ!』の企画にも体を張って挑むなど、作品のためならどんな場にも真剣に向き合ってきました。岐阜の陸上トラックから、インディペンデント映画の現場、そして国際映画祭の授賞式へ。役のために体つきも表情も変えてきた綾野さんは、これからも作品ごとに、まだ見たことのない顔を見せてくれるはずです。
写真: 厚生労働省 / CC BY 4.0 (Wikimedia Commonsより)


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