あいみょん、大阪の路上ライブから「マリーゴールド」へ 10周年で地元甲子園2days

あいみょんさん、デビュー10周年で地元の甲子園に2日間立つ

2026年7月14日と15日、あいみょんさんは地元・兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で、メジャーデビュー10周年の記念ライブ『AIMYON 10th anniversary LIVE 2026「、、、」IN 阪神甲子園球場』を開きました。甲子園での2日間公演は25年ぶりで、女性アーティストでは初めてです。2022年の甲子園公演は弾き語りでしたが、今回はバンド編成。「マリーゴールド」で幕を開け、「君はロックを聴かない」「今夜このまま」まで全25曲を歌いました。オリジナルのユニフォームを着たバンドと「六甲おろし」を披露し、「貴方解剖純愛歌 〜死ね〜」では花火も上がりました。声を出せなかった2022年には実現できなかった「君はロックを聴かない」の大合唱も、ようやく球場に響いています。

ステージでは「バンドで甲子園に立つのも夢やったし、花火が上がるのも夢やったし」と話しています。9月9日には初めてのベストアルバム『AIMYON BEST ALBUM – 唇を追え! -』を出し、デビュー記念日の11月30日と翌12月1日には日本武道館での公演がひかえています。

いまや多くの人に歌われるシンガーソングライターになったあいみょんさん。でも10年ほど前は、大阪の路上でギターを弾き、ライブハウスではお客さんが2人ほどという日々を送っていました。

西宮で育ち、英語の先生が残したギターで歌い始める

あいみょんさんは1995年3月6日、兵庫県西宮市で生まれました。父親は音響の仕事をしていて、家には小さいころから楽器がありました。祖母は歌手になることを夢見ていた人で、その話を聞いて育ったことも、音楽の道を目指したきっかけのひとつだと語っています。

中学2年生で歌詞を書きはじめたころ、父親からエレキギターを渡されます。ただ、ほしかったのはアコースティックギターだったので、1か月もしないうちにやめてしまいました。転機は中学3年生のとき。学校に来ていたALT(外国語指導助手)の英語の先生が、帰国するときにヤマハのアコースティックギターを残していってくれたのです。

あいみょんさんは教則本を見ながら、尾崎豊さんやスピッツの曲をカバーしました。父親からは独学でやるものだと言われ、コードつきの歌本で練習するうちに、自分でも曲を作るようになります。いまもギターは独学で、楽譜は読めないそうです。

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路上ライブとアルバイトの日々、デビュー前に130曲

高校1年生のころから本格的に曲を作りはじめ、同い年の友人がYouTubeに上げていた音楽番組で、初めて人前で歌いました。友達が応募してくれたオーディションでは、決勝まで進んでいます。高校時代にはバンドも組みましたが、メンバーが大学受験で集まれなくなって解散。そこからは一人で弾き語りを続けます。

高校を出たあとはアルバイトをしながら、大阪・梅田や大阪城ホールのまわりで路上ライブをしていました。2014年、所属事務所の社長の紹介で、ワーナーミュージック傘下のレーベル・unBORDEの代表、鈴木竜馬さんと出会います。急いでデビューさせるより、長く愛されるアーティストに育てたいという方針で、デビュー前から作詞作曲やライブのトレーニングが始まりました。

プロデューサーの星野純一さんに、まず50曲作ってみてと言われて書きはじめ、デビューのころには約130曲のデモ音源がたまっていたといいます。ライブハウスに出ていた時期もあり、最初のころのお客さんは2人ほどでした。

トラックで上京、上町で生まれた「君はロックを聴かない」

2015年2月、ジャニーズWESTの「Time goes by」で作詞家としてデビューします。3月4日には、タワーレコード限定のシングル『貴方解剖純愛歌 〜死ね〜』でインディーズデビュー。強い言葉が並ぶ歌詞が話題になり、オリコンのインディーズ週間チャートで10位に入りました。5月には初めての全国流通盤となるミニアルバム『tamago』を出しています。

デビュー直後、あいみょんさんは伯父さんが運転するトラックで上京し、東京・世田谷区の上町に住みはじめました。関西のころと同じように飲食店でアルバイトをしながら、渋谷のQFRONT前などで路上ライブを続け、曲を作ります。のちのヒット曲「君はロックを聴かない」は、この上町時代に生まれました。本人は、この曲が聴かれなければ地元の西宮に帰ろうと思うほどの手ごたえを感じていたと話しています。

2016年2月には、スペースシャワーTVが近いうちのブレイクを期待する新人を紹介する企画「SPACE SHOWER NEW FORCE」の10組に選ばれます。4月には、unBORDEの設立5周年イベントで、8000人の観客の前に立ちました。

「マリーゴールド」がストリーミングで20週連続1位に

2016年11月30日、シングル『生きていたんだよな』でメジャーデビュー。ドラマ『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』の主題歌になりました。ファンはこの日を、語呂合わせで「いいさおの日(ギターの日)」とも呼び、本人も運命的な日だと気に入っています。

2017年8月の3rdシングル『君はロックを聴かない』は、全国のラジオ局42局でヘビーローテーション(くり返し流すおすすめ曲)などに選ばれ、それまでの記録を4年3か月ぶりに更新しました。9月の1stアルバム『青春のエキサイトメント』は、2年以上オリコンチャートに入り続けるロングセラーになります。

そして2018年8月、5thシングル『マリーゴールド』がストリーミングチャートで20週連続1位を記録しました。6月には台湾で初めての海外公演も開き、年末には第69回NHK紅白歌合戦に初出場して「マリーゴールド」を歌っています。音楽ジャーナリストの柴那典さんは、あいみょんさんを、ストリーミングサービスから出てきた最初のスターと評しました。この年はRADWIMPSの「泣き出しそうだよ feat.あいみょん」にも参加し、2019年には菅田将暉さんの「キスだけで feat. あいみょん」、2020年には平井堅さんの「怪物さん feat.あいみょん」と、共演の輪も広がっていきます。

アニメ映画から朝ドラまで、あいみょんさんの歌が届く場所

2019年は、映画『クレヨンしんちゃん 新婚旅行ハリケーン 〜失われたひろし〜』の主題歌「ハルノヒ」を担当し、映画には本人役で声の出演もしました。2ndアルバム『瞬間的シックスセンス』は、第61回日本レコード大賞の優秀アルバム賞に選ばれています。秋には初めてのホール・アリーナツアーへ。もともとライブやMCに苦手意識があったそうですが、このツアーで得たものが大きく、話したいことがあれば話すという今のスタイルが生まれたといいます。

2020年に3rdアルバム『おいしいパスタがあると聞いて』、2022年に4thアルバム『瞳へ落ちるよレコード』をリリース。2022年11月には、地元の甲子園で史上初となる弾き語りのワンマンライブを開きました。

2023年はNHK連続テレビ小説『らんまん』の主題歌「愛の花」を担当し、宮﨑駿監督の映画『君たちはどう生きるか』ではヒミの声を演じています。2024年にはドラマ『アンメット ある脳外科医の日記』の主題歌「会いに行くのに」を書き、9月に5thアルバム『猫にジェラシー』を出しました。

あだ名から生まれた名前と、太陽の塔の下で歌う夢

「あいみょん」という名前は、仲のいい友人から呼ばれていたあだ名です。男性のシンガーソングライターにあこがれ、漢字の名前をかっこいいと思っていたので、最初はこの名前で活動することに抵抗があったそうです。音楽のルーツには、スピッツ、浜田省吾さん、吉田拓郎さん、尾崎豊さん、小沢健二さんらをあげています。とくにフォークソングが好きで、男性目線の曲が多いのもそのためです。

子どものころからアニメが好きで、『ドラゴンボール』などを見て育ちました。映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』をきっかけに太陽の塔と岡本太郎さんにひかれ、太陽の塔の下で歌うことを目標にしています。映画を見て、自分がこの映画の主題歌を作ったらと考えて曲を書くこともあるそうです。

ラジオでも親しまれていて、2023年4月からはニッポン放送『あいみょんのオールナイトニッポンGOLD』を担当。NHK『ブラタモリ』のナレーションもつとめています。2026年5月には、ABCの『探偵!ナイトスクープ』に依頼者として登場し、昔のバンド仲間と一緒に、生駒山で助けてくれた恩人を探しました。2020年からはキリンビール「淡麗グリーンラベル」のCMにも出演しています。

デビュー10年目の武道館へ、あいみょんさんのこれから

10周年の2026年は、記念の企画が続いています。9月9日に出たベストアルバム『AIMYON BEST ALBUM – 唇を追え! -』には、デビュー曲「生きていたんだよな」から2025年のシングル「スケッチ」まで、すべてのシングル曲とカップリング曲を収録。初回限定盤には新曲「今日は晴れ、肌寒い。私は家、ギターを弾く。」も入っています。

デビュー記念日の11月30日と翌12月1日には、日本武道館で記念ライブを開きます。武道館の単独公演はこれまで2回とも弾き語りで、バンド編成で立つのは今回が初めてです。2027年2月6日からは、ぴあアリーナMMを皮切りに、全国14都市36公演のアリーナツアー「AIMYON TOUR 2027」も始まります。

甲子園のステージで、あいみょんさんは「10年経ってもまだまだ尽きない好奇心とひらめきを頼りに、これからも音楽を楽しみながら、悩みながら、進んでいけたらなと思っています。」と話しました。英語の先生が残してくれた1本のギターから始まった歌は、11年目もきっと新しい場所へ広がっていきます。

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