小日向文世さんの生い立ち、北海道三笠から劇団19年を経て47歳の『HERO』まで

小日向文世 男性芸能人
写真: Wakasaimo わかさいも本舗 / CC BY 3.0(Wikimedia Commons)
小日向文世の写真

『VIVANT』の長野利彦を演じる小日向文世さん、47歳で開けた道

ドラマ『VIVANT』で、丸菱商事の専務である長野利彦を演じる小日向文世さん。2023年の第1シーズンに続いて、2026年7月には第2シーズンの放送が始まりました。堺雅人さんが演じる主人公の乃木憂助が勤める会社の専務という立場です。

小日向さんの名前を聞いて思い出す役は、人によって違うと思います。ドラマ『HERO』の末次隆之、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』の川渕康成、映画『スウィングガールズ』の鈴木泰三、映画『アウトレイジ』の悪徳刑事の片岡、大河ドラマ『真田丸』の豊臣秀吉、連続テレビ小説『ばけばけ』の松野勘右衛門。演じてきた人の幅はとても広いです。

ところが、仕事が途切れなくなったのは47歳のころでした。それまでの小日向さんは、舞台に立ちながら生活に苦しみ、42歳で所属していた劇団の解散も経験しています。若いころに目指していたのは、俳優ではなくグラフィックデザイナーでした。北海道で油絵を描いていた少年は、どんな道を通ってここまで来たのでしょうか。

北海道三笠市に生まれ、美術部で油絵を描いた高校時代

小日向文世さんは1954年1月23日、北海道三笠市で生まれました。三笠市立三笠中学校を出て、北海道三笠高校へ進みます。

高校で入ったのは美術部です。主に油絵を描いていました。のちに舞台や映画で知られる人になりますが、高校時代に打ちこんでいたのは絵でした。

卒業後に目指したのはグラフィックデザイナーでした。東京の御茶ノ水にあるデザインの専門学校に通います。北海道の高校を出て、東京で学ぶ日々が始まりました。絵を描くことが好きな高校生にとって、自然な進路だったのかもしれません。

その後、小日向さんは写真の専門学校にも熱心に通うようになりました。卒業したのは東京写真専門学校で、いまの専門学校東京ビジュアルアーツです。デザインから写真へ。この時点ではまだ、物をつくる側の道を歩いていました。

進路が大きく変わるのは、この写真の専門学校に通っていたころです。在学中に役者の仕事に興味を持つようになりました。絵と写真を学んだ若者の目が、今度は舞台や映像に立つ人のほうへ向いていきます。

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22歳で決めた俳優の道、文学座に落ちて中村雅俊さんの付き人に

専門学校を卒業したあと、小日向さんは22歳で俳優を目指すと決めました。最初に挑戦したのは文学座です。ところがオーディションに落ちてしまいます。決意してすぐに、大きな壁にぶつかったことになります。

次の道を開いたのは、アルバイト先の先輩から聞いた話でした。中村雅俊さんのコンサートスタッフを募集しているというのです。中村さんは当時、松田優作さんと並んで文学座で人気のあった俳優でした。

小日向さんはスタッフの手伝いを始めます。そして、いつのまにか中村さんの付き人を務めるようになりました。文学座には入れなかったものの、その文学座で人気の俳優のそばで働くことになったわけです。

付き人になっても、俳優になりたい気持ちは消えませんでした。そんな小日向さんに、きちんとした劇団へ入るよう勧めたのが中村さんです。その言葉を受けて、1977年、小日向さんは串田和美さんが主宰する「オンシアター自由劇場」の試験を受けて入団します。23歳のときでした。こうして小日向さんは舞台の世界に入りました。

オンシアター自由劇場の19年、吉田日出子さんの相手役として

オンシアター自由劇場で、小日向さんは1996年の解散まで19年間を過ごします。劇団の看板女優である吉田日出子さんの相手役を務めるようになりました。

代表的な舞台が『上海バンスキング』です。1979年から1994年まで、全部で9回上演されました。1988年に映画になったときは弘田真造を演じていて、これが小日向さんの映画デビュー作です。34歳での映画デビューでした。『上海バンスキング』は小日向さんの劇団での年月の大半に重なる長い公演になりました。ほかにも1992年の『5時の恋人』、1993年の『阿呆劇 三文オペラ』、1995年の『阿呆劇 フィガロの結婚』などの舞台に立っています。

舞台の上では大きな役を任されていても、暮らしは楽ではありませんでした。日刊ゲンダイの記事によると、入団後はとにかく食べていけない時期が続き、やめようかと何度も考えたそうです。それでも、公演の打ち上げで飲んで食べると、また頑張ろうと思えたといいます。

20代から40代までの長い時間を、小日向さんはこの劇団で過ごしました。

42歳で劇団が解散、給料を前借りしてつないだ日々

1996年、オンシアター自由劇場は解散します。小日向さんは42歳でした。報道によると、このときの貯金はゼロだったそうです。

小日向さんは映画やテレビドラマで活躍したいと強く願っていました。しかし、回ってくるのは端役が多く、5年間で出た連続ドラマは1本だけでした。事務所に給料を前借りして、なんとか食いつなぐ借金生活に入ります。事務所の社長が前借りに応じてくれたと、本人が語った話も伝えられています。

それでも少しずつ、作品の数は増えていきました。1997年の大河ドラマ『毛利元就』では近習の木村を、1998年の『徳川慶喜』では西周を演じています。

流れが変わり始めたのは、1998年の映画『愛を乞うひと』です。平山秀幸監督のこの作品で、小日向さんは王東谷という、主人公と深くかかわる大きな役を得て存在感を見せました。ドラマの『世にも奇妙な物語』シリーズでも次第に役がつくようになります。映画では1999年の『リング2』で川尻医師を、2000年の『オーディション』でテレビ局のプロデューサーを演じました。2001年の映画『非・バランス』では、難しい役どころの菊ちゃんを演じて、高い演技力を見せました。

小日向文世さんを変えた『HERO』、舞台を見たプロデューサーが起用

大きな転機のきっかけは舞台でした。三谷幸喜さんが演出した『オケピ!』で、小日向さんはとぼけたピアニストの役を演じます。その姿を見たのがフジテレビのプロデューサーです。

こうして小日向さんは、木村拓哉さんが主演する2001年の月9ドラマ『HERO』に、メインキャストの1人として起用されました。役は末次隆之です。ドラマは全話で視聴率30%を超える大ヒットになりました。このときから仕事が途切れなく入るようになり、ようやく俳優の仕事で食べていけるようになったのです。47歳のときのことでした。

同じ2001年には『世にも奇妙な物語 ’01春の特別編』の一編「厭な子供」で高部雄三を演じて主演を果たします。2004年には映画『銀のエンゼル』で北島昇一を演じて主演し、2008年には連続ドラマ『あしたの、喜多善男』で喜多善男を演じて主演しました。

映画の出演も一気に増えます。2005年の『ALWAYS 三丁目の夕日』の川渕康成、2007年の『それでもボクはやってない』の室山省吾、2010年の『アウトレイジ』の片岡。舞台で積み重ねてきた時間が、映像の世界でも認められていきました。

大河ドラマの豊臣秀吉から『VIVANT』の専務まで、広がり続ける役

その後の小日向さんは歴史上の人物も数多く演じています。大河ドラマでは2004年の『新選組!』の佐藤彦五郎、2007年の『風林火山』の諏訪頼重、2016年の『真田丸』の豊臣秀吉。ドラマ『JIN-仁-』では勝海舟を演じました。連続テレビ小説でも、2015年の『まれ』で池畑大悟を、2025年に始まった『ばけばけ』で松野勘右衛門を演じています。

映画では『コンフィデンスマンJP』シリーズのリチャード、『マスカレード・ホテル』の能勢などがあります。2025年には『盤上の向日葵』の唐沢光一朗、『劇場版「緊急取調室 THE FINAL」』の小石川春夫を演じ、2026年には『教場 Requiem』にも出演しました。

舞台からも離れていません。『国民の映画』ではヨーゼフ・ゲッベルスを、2017年の『オーランドー』ではエリザベス女王を演じました。2026年8月からPARCO劇場などをめぐる、三谷幸喜さんの作と演出による『アメリカン・ドリーム』にも名を連ねました。

そして『VIVANT』です。2023年の第1シーズンから長野利彦を演じ、2026年7月に放送が始まった第2シーズンにも出演しています。同じ2026年には7月の『日曜日の初耳学』、8月の『情熱大陸』にも登場しました。

小日向文世さんの素顔、「コヒさん」と呼ばれる現場の顔とこれから

現場での小日向さんは「コヒさん」と呼ばれて親しまれていると、報道で紹介されています。延々と立ち話をする、愛嬌のある人柄だそうです。

仕事への向き合い方を伝える話もあります。本番の前に、自分で作った台本を折りたたんで繰り返し練習する。その習慣が20年以上続いているといいます。長いあいだ同じ準備を続けてきたことが伝わります。

仕事の外では、撮影が終わるとすぐ家に帰るタイプで、休みの日も家の中で過ごすのが好きだと伝えられています。声の仕事もしていて、2016年1月9日からは藤村俊二さんのあとを継いで、日本テレビ『ぶらり途中下車の旅』の3代目ナレーターを務めています。

舞台の仕事は長く続いていて、『海をゆく者』には2009年、2014年、2023年と、パルコ劇場などで繰り返し立ってきました。これからの予定では2027年2月から3月にかけて、舞台『立板に水なす』が紀伊國屋ホール、新潟のりゅーとぴあ、京都劇場で上演されることになっています。油絵を描いていた北海道の高校生は、70代に入っても舞台に立ち続けています。

参考:小日向文世の詳しいプロフィール(Wikipedia)

写真: Wakasaimo わかさいも本舗 / CC BY 3.0 (Wikimedia Commonsより)

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