
画材の匂いが呼び戻す、八王子の少年時代
松下洸平さんの原風景には、きっと画材の匂いがあります。東京都八王子市で育った少年は、画家である母のもと、幼いころから美術や音楽に自然と親しんでいきました。油絵の具の重なった匂い、キャンバスに向かう静かな時間。のちに画材屋へ行くと実家を思い出すという感覚は、表現が特別なものではなく、暮らしの中に息づいていた証のようです。
中学からはダンスを始め、美術系の高校では油絵を専攻しました。絵を描くこと、身体を動かすこと、音に身を委ねること。そのどれもが、まだ俳優でもシンガーソングライターでもない松下さんの中で、少しずつ混ざり合っていきます。ひとつの道をまっすぐ進むというより、表現の入口をいくつも持っていた少年時代だったのかもしれません。
もうひとつ、松下さんを語るうえで印象的なのが左利きであることです。自身を含め、家族全員が左利き。日常の何気ない手の動きは、やがて役作りにも関わっていきます。本人にとってはごく自然な身体の癖が、俳優としてのリアリティにつながる。八王子の家で育まれた感覚は、ずっと後のステージや撮影現場にも、静かに続いていくのです。
『天使にラブ・ソングを2』の翌日、進路は突然変わった
高校3年生の松下洸平さんは、美術系の高校で油絵を学びながら、将来へ向かう線をすでに一本引いていたはずです。幼いころから身近にあった絵の世界。キャンバスに向かい、色を重ねる日々は、松下さんにとって自然な進路の延長にありました。
ところが、一本の映画がその線を大きく曲げます。『天使にラブ・ソングを2』を見て感動した松下さんの中に、突然「歌いたい」という思いが芽生えました。
そして翌日、松下さんは母に「美術の道を辞めて歌手になる」と伝えます。画家である母にとって、それは簡単に受け入れられる言葉ではなく、最初は猛反対されました。それでも、松下さんの思いは一時の熱では終わりませんでした。
最終的に母は、本人の思いを尊重し、音楽の学校へ進むことを許します。自分もまた、やりたいことを仕事にしてきた人だからこそ、息子の中に生まれた切実な願いを見つめたのかもしれません。高校卒業後、松下さんは専門学校東京ミュージックアンドメディアアーツ尚美ヴォーカル学科へ進学し、卒業します。絵筆を握っていた手は、ここから声という新しい表現へ伸びていきました。
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絵を描きながら歌う“洸平”が、ステージに立った日
2008年、松下洸平さんはまだ「洸平」という名前で、自作曲に合わせて絵を描きながら歌う「ペインティング・シンガーソングライター」として歩き出します。歌うだけでも、描くだけでもない。ステージの上で音と言葉が流れ、その横で色が重なっていく表現は、幼いころから美術と音楽に親しんできた松下さんだからこそ自然にたどり着いた形だったのかもしれません。
都内や関東近郊のライブの場で、洸平さんは一曲ごとに声を届け、同時にキャンバスへ手を動かしていました。同年6月からは3か月連続で配信限定シングルをリリースし、表現者としての輪郭を少しずつ外へ広げていきました。
そして2008年11月、シングル「STAND UP!」でビクターエンタテインメントよりCDデビューを果たします。絵筆を持つ手と、マイクに向かう声。そのどちらも捨てずにステージへ立った青年にとって、この一枚は、夢が初めてはっきりと形になった瞬間でした。さらに2009年には『Beポンキッキ』に出演し、オリジナル楽曲「おはよう おやすみ」が挿入歌として使用されます。表現の種は、静かに次の場所へ運ばれていきました。
初舞台が開いた別の扉、松下洸平という名前の始まり
メジャーデビューからおよそ1年。絵を描きながら歌う「洸平」として、自分だけの表現を探していた松下洸平さんのもとに、ミュージカルのオーディションの話が届きます。歌うこと、身体を動かすこと、そして何かを描き出すこと。その全部が、ひとつの場所へ吸い寄せられていくような入口でした。
2009年、BROADWAY MUSICAL『GLORY DAYS』で、松下さんは初めて舞台に立ちます。
この作品をきっかけに、松下さんの中には「どうしても芝居を続けたい」という思いが芽生えます。絵筆から歌へ、歌から舞台へ。選んできた道は、いつもまっすぐではなくても、確かに松下さん自身を広げていきました。
そして2010年5月、所属事務所をキューブへ移籍し、芸名を本名の松下洸平へ改めます。音楽活動を一時休止し、舞台・ミュージカルを中心に俳優として歩き出したその決断は、名前を変えただけではありませんでした。「洸平」から「松下洸平」へ。表現者としての輪郭が、ここから静かに、しかし大きく描き直されていきます。
舞台で磨かれ、賞が示した“俳優・松下洸平”の輪郭
松下洸平さんの俳優としての時間は、まず舞台の上で濃く積み重なっていきました。歌い、動き、相手の呼吸を受け取りながら、その場で物語を立ち上げる舞台・ミュージカルの現場。客席の静けさも、照明の熱も、毎回違う反応も、松下さんの表現を少しずつ鍛えていったのかもしれません。
その一方で、活動の場は舞台だけにとどまりませんでした。2012年1月放送のスペシャルドラマ『もう誘拐なんてしない』でテレビドラマに初出演し、同年4月期の『もう一度君に、プロポーズ』では連続ドラマ初レギュラー出演を果たします。舞台と並行して、テレビドラマ、映画、CMへと活動の場を広げていきました。
そして2018年、ひとつの大きな評価が訪れます。舞台『母と暮せば』での演技により、第73回文化庁芸術祭演劇部門新人賞を受賞。さらに『母と暮せば』とミュージカル『スリル・ミー』での演技によって、第26回読売演劇大賞の優秀男優賞、杉村春子賞にも輝きました。長く舞台で磨かれてきたものが、賞というかたちで輪郭を持った瞬間でした。
三度落ちた朝ドラの扉が開き、松下洸平は“八郎沼”へ
舞台で評価を重ねても、どうしても開かない扉がありました。NHK連続テレビ小説のオーディションに三度落ち、「縁がない」と諦めかけていた朝ドラです。何度も挑み、そのたびに届かなかった場所は、松下洸平さんにとって、憧れであるほど静かな痛みを残す場所でもあったはずです。
その扉が開いたのが、2019年度後期放送の『スカーレット』でした。戸田恵梨香さん演じるヒロイン・喜美子の相手役、十代田八郎役。派手に物語をさらうのではなく、言葉の間、視線の揺れ、ためらいの沈黙で人の心に触れていくような役どころに、松下さんが舞台で磨いてきた繊細さが深く重なりました。
やがて視聴者の間では、八郎の魅力にどっぷりハマることを表す「#八郎沼」というハッシュタグが生まれます。三度閉ざされた朝ドラの扉の向こうで、松下さんは一気に“見つかった”のです。それは突然の幸運というより、長い時間をかけて積み上げてきた表現が、ようやく多くの人の朝に届いた瞬間でした。
歌に戻り、主演へ進む、広がり続ける表現の現在地
松下洸平さんの表現は、俳優という一枚の看板だけに収まりませんでした。じつは『スカーレット』より前から、舞台や映像の現場を行き来する日々の合間に、自身の活動の原点と語る音楽制作を再開していました。2016年にはYouTubeチャンネルを一般公開し、自ら映像編集したミュージックビデオを配信。役を生きる時間の奥で、歌をつくり、映像を組み立てる手は、静かに動き続けていました。
その流れが大きく花開いたのが2021年です。初のライブツアー『KOUHEI MATSUSHITA LIVE TOUR 2021 HEART to HEART』を開催し、ファイナル公演では松下洸平名義でのメジャーデビュー決定を発表。同年8月25日には再デビューシングル『つよがり』をリリースしました。かつて“洸平”として歌っていた人が、俳優として積み重ねた時間ごと抱えて、もう一度マイクの前に立ったのです。
一方で、俳優としての歩幅もさらに広がっていきます。2023年10月期の『いちばんすきな花』では、フジテレビ系木曜劇場でクワトロ主演の一人として春木椿を演じ、ゴールデンプライムタイムの連続ドラマ初主演を果たしました。大きな物語の中心に立ちながらも、松下さんの芝居には、声を張る強さより、相手の言葉を受け止める静かな深さがにじみます。
そして2024年には『光る君へ』で初の大河ドラマ出演を果たし、同年10月期の『放課後カルテ』ではテレビドラマ単独初主演へ。歌、舞台、映像、そして歴史あるドラマの世界へ。一本の道をまっすぐ進むというより、これまで触れてきた表現が少しずつ枝を伸ばし、松下洸平さんという一本の木を大きくしているようです。
2026年は、NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』で徳川家康を演じ、『光る君へ』に続く2度目の大河ドラマ出演となりました。同じ年の10月16日に始まったTBS系金曜ドラマ『LOST10』では、横浜流星さん主演の物語に登里役で加わっています。
左利きの手で描く、松下洸平のこれからの景色
趣味は料理と舞台鑑賞、特技は絵画とダンス。松下洸平さんのプロフィールに並ぶ言葉は、どれも仕事の外側に置かれた飾りではなく、そのまま表現の根になっているように見えます。自分ではマイペースと分析するその歩幅で、急ぎすぎず、けれど止まらずに、舞台へ、映像へ、音楽へと進んできました。
左利きであることも、松下さんらしさを語る小さな鍵です。『スカーレット』では、役の設定に合わせて右で作陶することに取り組み、撮影の合間にも陶芸の練習を重ねました。土に触れ、形を探り、手の感覚を役へ近づけていく時間は、絵を描いてきた人だからこそ受け止められる、静かな稽古だったのかもしれません。
その積み重ねは、2021年に滋賀県から滋賀陶芸大使第一号を委嘱されるという形にもつながりました。俳優として役を生き、音楽で声を届け、イラストやエッセイでも自分の景色を描く。松下さんの表現は、ひとつの肩書きに収まりません。左利きの手が次にどんな線を引き、どんな歌を置き、どんな人物を立ち上げるのか。その現在地には、これからの出演や音楽活動を待つ楽しみが、まだいくつも残されています。
写真: Martin Kraft / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commonsより)


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